゛゛魂の殺人゛゛詩織さん事件と日本におけるレイプ事件の実情

著:デビッド・マクニール

訳:勝見 貴弘

アジア太平洋ジャーナル「ジャパン・フォーカス」

2017年8月1日 第15集,第15号,No. 3

屋内にプールがある「東京サマーランド」に彼女の母親が連れていってくれたとき,詩織さんは10歳だった。新品の水着を着ながら水の中で楽しく遊んでいると,とつぜん,男から性的暴行を受けた。

「男の人が私の後ろから,体のあらゆるところをまさぐったんです」

詩織さんは泣きながらその時のことを語った。

恐怖に怯えながら周りに大人に訴えたが,その反応は思いがけないものだった。

「友だちの母親が,それはあなたがビキニを着てるからよと言ったんです」

そのときに彼女の心に永遠に刻みつけられた無力感,恐怖,そして屈辱の感情が,あの会見を行った後で,6月に一気に噴き出した。

28歳になった詩織さん──姓は伏せたいと本人が希望──は今年の5月末,会見を開き,同僚の記者たちの前で自分がレイプされたことを告白した。彼女が期待していたのは性暴力被害者の待遇について改善を求める議論が高まることだった。だが,彼女のもとに洪水のように寄せられたのは,大量のヘイトメールだったと,詩織さんは言う。その多くは彼女を「自分から誘いをかけた”売春婦”」として捉えていた。記者会見でブラウスの一番の上のボタンを外していたことも,彼女の『罪深さ』として受け止められたようだった。

2015年4月9日の土曜の深夜,詩織さんが都内の高級ホテルの一室で目を覚ましたとき,男は彼女の上に跨がり,彼女の中に入っていた。詩織さんは男をはねのけ,トイレに逃げ込んだ。足元がおぼつかず,痛みをおぼえながら,彼女はなぜそこにいるのかを思いだそうとした。

その夜,詩織さんはその男と恵比寿で外食をしていた。その時に酒に薬物を入れられたのだと彼女は確信している。詩織さんの最後の記憶は寿司店のトイレを使用したところで止まっている。

トイレの中で詩織さんは自分が裸であることに気付き,服を取りに戻ろうとした。「体のあちこちが痛みました」と彼女は言う。

部屋に戻ると,男は再び彼女をレイプしようとしたと,詩織さんは言う。

「激しく抵抗しましたが,痛めつけられました」

男は,「君の下着,記念にもらっておくよ」と言ったという。

「日本語でどう罵ればいいのかわからなかったので,英語でこう言いました。”What the fuck are you doing!(何てことすんだこの野郎!)”と。男がコンドームをしていなかったのでこう訊きました。”私に何をしたの?!”と。

すると男はこう言いました。”ごめん。アフターピルを後で薬局に買いに行こう」と,そしてこんなことを言い始めたのです。”ぼくは君,好きだなあ。アメリカに連れて行ってあげるよ。君はいつも強そうにしているけど,今はまるで子どもみたいだね”と。彼のトーンがこれまでとまるで違ったので,私は混乱しました。とにかくそのとき考えていたのは,”早くどこか安全な所に行って自分を洗い流したい”ということでした」

その後,ひとり自分のマンションに戻った詩織さんはすぐにレイプの相談ホットラインに電話したが,応答した女性は,カウンセリングするから事務所にきてほしいと伝えたという。だが彼女はベッドから起き上がることもできない状態だった。後で婦人科医を訪ねたときにアフターピル を処方してくれたが,医者はカルテを見つめるばかりでロクに彼女の方を見ることも,なぜピルが必要なのかを尋ねることもしなかったという。看護師は,薬物の痕跡はすべて体から消え去っており,それが体内にあったことを証明する術はないと言った。友人たちは「[諦めて] 前に進むしかないよ」と言ったという。

詩織さんの頭がはっきりして,原宿警察署に向かったのはそのさらに5日後だった。

「警察署の受付で,私は女性の警察官に話したいと伝え,その婦人警官に何が起きたかを話しました。とても辛い経験でした。2時間も話すと,その婦人警官はこう言いました。”私は交通課の担当なので,捜査官に話してほしい”と」

詩織さんは男性の警察官に最初からすべてを話した。すると,その警察官は管轄が違うといって, 彼女が暴行された現場により近い 高輪警察署に訴えを出してくれと言う。詩織さんは高輪警察署で再び,男性の警察官にいちから,暴行の件をすべて話す羽目に陥った。

その男性警官は親身になって話を聞いてくれたのだが,最後にはこう言って詩織さんにすべてを忘れなさいと伝えたという。

「その警官はこう言ったんです。”こういうことはひじょうによく起きるんです。でも証明する術がない。人生が台無しになりますよ”と」

[被害を受けた直後に] 自宅で血を流し,震えながら,日本の被害女性の多くが最初にすることのひとつが,ネット上で他者の経験を読み比べることだという。そして,最終的には追究する価値はないと諦める。仮に警察や検察がレイプの立件にまで至ったとしても,有罪判決に至るまでのハードルは依然高い。多くの場合,警察や検察はレイピストと被害者の間で何らかの金銭的和解が成立するように導き,法廷で証言がなされるリスクを避けようとする。

著名人が関わった最近のケースでは,昨年,ホテルのメイドをレイプしたことを謝罪した俳優の高畑裕太容疑者のケースが挙げられる。群馬県前橋地方検察庁は [容疑者と被害者の間に示談が成立したため] 高畠容疑者を不起訴とし,高畠は公判を免れた。前年の2015年には,15歳の少女に暴行を加えた男を, 少女が「十分に抵抗しなかった」ことを理由に 無罪とした事件もあった。

しかし,詩織さんは食い下がった。

高輪警察署で親身になってくれた警官に,暴行の現場となった「シェラトン都ホテル東京」の監視カメラの映像を見るよう説得したのである。その映像は,少なくとも,詩織さんが任意でホテルに連いて来たのではないということを証明していた。

タクシーの運転手が後に語ったところでは,詩織さんは最寄りの電車の駅で降ろしてくれと懇願していたという。だが,その願いは無視された。ホテルのロビーにある監視カメラの映像は,詩織さんがホテルのロビーを担がれて連れられていく様を映し出していた。

またタクシーの運転手は,詩織さんが口に出して訴えていたことや,車内で消化されていない寿司を吐き出したことなど,状況の異常さを伝えるいくつかの詳細を明らかにした。 ホテルのベルボーイは,意識を失っている詩織さんをタクシーから出すのに,連れ込んだ男が3分ほど手こずっていたことを証言している。

詩織さんの下着からはDNAが採取され,その検証作業中に詩織さんは一連の屈辱的な”儀式”に付き合わされることになる。男性の警察官らが見下ろしながら写真を撮影するなか,自動車事故で使うダミー人形のようなものを相手に,レイプの状況を再現させられたのである。

日本におけるレイプの件数は,先進国の中でも最も低い水準にある。同時に,日本で性暴力の被害に遭う者は,他のどの先進国よりも警察に訴える可能性が低い。公式な統計によれば,レイプ被害を通報する日本女性は5%に満たないという。2014年に内閣府が行った調査によると,家族・親戚や友人に被害の事実を話す女性は三分の一に満たないという。活動家たちは, レイプや性暴力被害の実際の件数は,検察に送致される年間1,300件といわれる件数をはるかに上回ると訴える。

日本の検察が有する広範な裁量権は,検察側がレイプ犯罪を起訴するという決定にさえ至れば,有罪になる確率が高いことを意味している。

「正義がなされることへの最も高い障害は……公判前の段階にある」

英シェフィールド大学東アジア学科に在席 (当時) したハリエット・グレイ(Harriet Gray)博士は,論文でこう述べている。

とくに懸念されるのが警察の対応,と言うのは,自身が性暴力の被害者でもある活動家の山本潤さん。

被害者の多くは,初めて警察に通報しに行く経験を辛いものとして記憶している。被害者に対応できるよう十分に訓練された警官は少なく,多くの場合,街を巡回するお巡りさんたちは,女の被害者を疑いの目で見るのだという。

採取可能な筈のDNA証拠等は,ほぼいつも無視される。

部屋一杯の男性警官たちの前で性暴力の被害を訴えるという詩織さんがした経験や,「忘れなさい」という助言を受けるのは典型的な対応であると山本さんは言う。多くの事案は,金銭による示談成立に基づく「起訴猶予処分」,すなわち容疑は認められるが起訴はしないという処分に終わると。

詩織さんは,性暴力被害の捜査を行うよう警察に疑問を浴びせ続け,そしてこれを公表するというきわめて希な決断を行った。詩織さん自身,何も言わずに終えていたかもしれないと言う。 しかし芽を出したばかりのジャーナリストとして,この事実と向き合わずに,どうしてこの道を続けられるのか,という思いがあった。加害者が彼女に何をしようとも,自分から逃げるという精神的痛みに勝るものではなかったと。

暴行のあった2か月後,同意が不可能な状況での準強姦であるとが認められ,当時TBSワシントン支局長であった山口敬之に対する逮捕状が発行された。2015年6月8日,捜査官たちは成田空港で山口を逮捕すべく待機していた。しかし詩織さんによると,捜査官の一人が彼女に電話をかけてきて,山口の逮捕を見送るよう指示されたことを伝えてきたという。

「いまでもあの電話のことははっきりと覚えています」

と詩織さん。

「その捜査官はこう言ったのです。”山口は私の目の前を通り過ぎるところでした。しかし上から逮捕するなという指示がありました。私は捜査から外れます”と。」

捜査権は警視庁に移り,昨年7月,東京地方検察庁は本件を不起訴とした。詩織さんには,弁護士と警察を介した山口氏から「和解金」の申し入れがあった。

「信じられませんでした」と詩織さんは言う。

この政治的な策動の匂いが漂う衝撃的な幕引きについて,警察側は否定するが反論もしていない。山口氏は安倍晋三首相のことを持ち上げる書籍を2つ出版しており,二人は近しい仲にあるという。

山口氏は,ベトナム戦争時に韓国軍が南ベトナムで軍の慰安所を運営していた疑惑を報道し安倍の支持層から称賛を持って迎えられた。彼らからすれば,日本が戦時中に朝鮮で運営した軍の慰安所に関する長きにわたる外交戦で相手に事実を突き返す決定打になると思ったのだろう。

そうして国粋右翼らのスター記者となった山口が,今では性暴力を行った疑いをかけられているのである。

日本の主要マスコミがほとんど無視するなか,タブロイド誌(週刊誌)はこの事件を報じた。2017年5月18日付の『週刊新潮』は,レイプ疑惑を詳細に報じた。この報道には,高輪警察書の権限を越えて,発行された山口への逮捕状を取り消した中村格刑事部長のコメントも含まれていた。記事には山口の写真が掲載されており,安倍と「ベッタリ」であると書かれていた。疑惑はネット上で急速に広がり,安倍政権は身内は助けるが敵は誹謗中傷するとして,人心を疎かにし腐敗しているという批判が吹き上がった。

今年5月,国会でレイプ犯罪に対する処罰法の改正準備が進められるなか,詩織さんは事件を公にすることを決断する。法務省で行った記者会見の直前,詩織さんの友人たちは,ビジネス・スーツを着て,「でないと信じてくれないから」と,涙も少し見せるようにとアドバイスしたという。

「これはとても悲しかったです」

詩織さんは振り返る。

「そんな風に見られてしまうのならば,私に何ができるのというのか。ジーンズやTシャツしか着ない。それが私なのだから。 ある人は,ボタンを最後まで閉めてと言いましたが,私は”イヤ”と言いました。50人からのジャーナリストが部屋に詰めかけていて,カメラがこっちを向いていて,フラッシュを焚かれるのだから,息が出来なかったんです」

詩織さん(右)

「自分自身がレイプの被害者となることで,私たち [被害者] の声がどれほどか細く,そして社会になかなか伝わらないものであるかを思い知らされました」

詩織さんはこう,記者団に語った。 [※訳注: 実際の日本語での発言ではなくあくまで英文を日本語に翻訳しています]

「同じ経験をして, 深く傷つき,打ちのめされてきた女性は数え切れないほどいるでしょう。そして過去から現在にわたって諦めてきた女性たちも。いったいどれだけのメディアがこれらの出来事を報道してきたのでしょうか。山口さんが強力なコネを通して自分側のストーリーを展開していたとき,私は息ができない思いをしました。言論の自由はどうなっているのでしょうか?法やメディアは何を,誰から守ろうとしているのでしょうか?」

詩織さんから見ると,会見の後に行われた報道の中身は「薄かった」という。主要マスコミのほとんどは事件を黙殺し,日本テレビは当時の刑事部長にインタビューを行い,起訴するには証拠不十分(嫌疑不十分)であるという言質をとった。

一方で,[会見への]「反発」は凄まじいものであった。自ら暴行を誘い込んだのではないか,政治的思惑があってのことではないかと批判された。一部では,倒閣を目指す民進党との繋がりがあるのではないかと疑う声もあった。

両親や家族が好奇の目に晒されないよう,姓を隠していたのに,あっという間に暴かれてしまった。憔悴した詩織さんは,病院に行き,4日間ベッドに引きこもったという。

パニック発作を起こしました。自分なら耐えられると思ったのですが,耐えられなかったんです。レイプ被害に遭っても声に出して訴えていいんだということを他の女性たちに示したかったのに,逆にこんな惨めな姿を晒してしまいました」

言いながら,詩織さんは再び涙を流した。

レイプを行ったことを否定する山口はTBSの職を追われ,公にはほとんど姿を現さなくなった。詩織さんは東京検察庁に対して [検察審査会による審査を通して] 再捜査を求める申し入れを行った[1]。詩織さんは,政府や,彼女をレイプしたと信じる男に対してでさえ,復讐する気持ちはないという。

「誰もが,私が安倍晋三と戦おうとしているように見せようとします。私にはどうでもいいんです。山口すら,どうでもいいんです。私にとって重要なのは,司法制度がちゃんと機能しているかなんです。 私の周りの人は怒り狂っています。でも,私はとても堪えきれないので,そういう感情を持たないようにしているんです 」

詩織さんの友人の家でインタビューを行った日はちょうど,1907年の性犯罪を処罰する刑法の改正がなされた日だった。これにより,罰則が強化され,レイプ(強姦)の定義が,男性も含むものへと拡大された。改正は歓迎すべきことだが,詩織さんのケースには役立たないと前出の山本さんは言う。

「それが起きるには,色々なことを変えていかなくてはなりません。時間がかかります」

警察が捜査を取りやめたときの無力感は「決して忘れられない」と,詩織さんは言う。かつてプールで怯えていた,あの10歳の少女の頃のように,与えられない保護を [誰かに] 求め続けている。

「法律は私たちを守ってはくれません。捜査当局に自ら逮捕状を取りやめにすることができるなんて。私は,日本に住むすべての人びとに訴えたいです。本当にこのままでいいのですか?と」

詩織さんは現在,検察審査会の審査結果を待っている。立件するには,11人いる審査会のメンバーのうち8人を納得させなければならない。

「 過去2年のあいだ,私はなぜ自分が生きているのか不思議でした」

5月の会見で,彼女はこう語っていた。

「 レイプという行為は、私を内側から殺しました 。 レイプは魂の殺人です。もう肉体しか残っていませんでした。私は,抜け殻になってしまったという思いに苛まれていたのです」

注記

[1] 5月,詩織さんは日本外国特派員協会(FCCJ)に対し記者会見の開催を申し入れたが却下されていた(全面告白すると,筆者は記者会見等について評決をとるFCCJの報道企画委員会(PAC)の12人の委員の一人である)。安倍政権の政治圧力に屈したのではないかと,FCCJの各メンバーを中傷する抗議のメールが殺到した。旧民主党参議院議員の元秘書である Takahiro Katsumi 氏はわれわれに公開書簡を送りつけ,詩織さんの申し入れがなぜ却下されたのか回答を求めた。

https://www.facebook.com/notes/takahiro-katsumi/%E5%92%8C%E8%A8%B3%E9%AD%82%E3%81%AE%E6%AE%BA%E4%BA%BA%E8%A9%A9%E7%B9%94%E3%81%95%E3%82%93%E4%BA%8B%E4%BB%B6%E3%81%A8%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%AB%E3%81%8A%E3%81%91%E3%82%8B%E3%83%AC%E3%82%A4%E3%83%97%E4%BA%8B%E4%BB%B6%E3%81%AE%E5%AE%9F%E6%83%85japan-focus/1385625961491144/記事転載元です。